今から300年ほど前、京都で創業して以来、今日までお香づくり一筋に歩んでこられた松栄堂さん。宗教用の薫香やお茶席で用いられる香木や練香から、手軽に楽しめるタイプのお香まで、香り文化の担い手としてその暖簾を守り続けています。
また、本店に隣接する日本の香りの情報発信拠点として「薫習館」を運営されており、香りを体験できるコーナーや企画展以外のほか、体験プログラムも実施しています。
今回のインタビューでは、体験プログラムの内容や受け入れ時のエピソードなどをはじめ、松栄堂が大切にしている思いや姿勢、香りについて感じている魅力などについて、これまで多くの方を受け入れてきた豊富な経験を持つ辻さんと、若手社員として活躍されている仲原さんにお話を伺ってみました。
-松栄堂さんには日々さまざまな方から問い合わせがあるかと思うのですが、Q都に関する問い合わせとしては具体的にはどのような内容が多いでしょうか?
辻:まず最初は「現地に行って、なにか“体験”することはできますか?」というご質問からスタートすることが多いですね。ただ、“体験”という言葉が持つ意味合いは幅広く、「製品づくりを見学する」「お香に触れる」「香りに関するものづくりをする」など、さまざまな種類の “体験” の可能性が浮かび上がってきます。
せっかく時間をつくって来てくださる方にとって少しでも楽しんでもらえる時間になればと思っているため、お問い合わせいただいた方がイメージされる “体験” の質感を探るための質問をさせていただいた上で、関心の方向性や参加人数などに応じた体験内容のご提案をしています。
-体験プログラムとしては、どのような提案をされることが多いですか?
辻:少人数であれば香房見学をご提案することが多いです。
見学といっても香房の中をただ見て終わるだけではなく、その場で仕事をしている職人のすぐ隣まで行き、実際にお香に触れて香りを体験したり、機械から出てくるお香をカットする体験をしたりなど、お香づくりを身近に体感できるような時間であることを大切にしています。
職人はリズムよく簡単にカットしているように見えるのですが、実際にやってみると力の入れ方が難しく、まっすぐには切れなかったりするので、見ている時と触った時とのギャップを感じていただけることも面白いポイントです。
一方、比較的人数が多い場合や、もう一歩踏み込んだ “体験” を求めている方の場合は、たとえば匂い袋づくり体験のように実際につくってみるタイプのプログラムをご提案しています。最大60名程度入れる部屋があるため、そちらを活用しながら、実際に手を動かすことでお香の楽しさをより体感いただけるプログラムとなっています。

ーこれまでに案内されてきた中で何か印象に残っていることはありますか?
辻:修学旅行生の場合、生徒さんが少人数で訪れることもありますが、匂い袋づくり体験などは先生も同行されることが多く、一緒に体験に参加されることもあります。
実はそういう時って、先生が一番楽しんでいたりするんですよね。その様子を見た生徒さんたちが「先生が一番楽しんでるじゃん!」って嬉しそうに盛り上がったりするんです。そういう光景を見るといいなって思います。
普段の学校の授業では “先生役” に徹している先生方も、お香に関しては未知の世界という方が多いです。なので、「教える」立場から解放されて生徒さんと一緒になって面白がったり、学んだりしていると、生徒さんたちも嬉しそうですし、その先生の姿から何かを感じ取って自然と楽しんだり興味を持ってくれていることを感じます。

-先生も生徒も学び手のひとりとして、同じ時間を共有できることは素敵ですね。辻さん自身は生徒さんたちを受け入れる際に心がけていることや特に伝えたい想いなどはありますか?
辻:普段は勉強が嫌いで学校が面白くないというような子でも、修学旅行という場になると、急に眼が輝いて積極的になる子っていますよね。「これやってみたい」とか「楽しい」とか。子どもたちはそういった知的好奇心をきっと潜在的に持っていて、あとはその知的好奇心がひらく瞬間とどこで出会えるかだと思うんです。
また、修学旅行でグループ別行動の時間がある場合だと、事前に行きたい場所についてグループの中でも意見が割れたりすることがあると思います。多数決で決めたり、メンバーの誰かの強い思いに押されたりとさまざまだと思いますが「特に興味がないけど一緒についていくことになった」という子も多いはず。
薫習館にも、自分から希望して来てくれる子ももちろんいますが、「お香は特に興味がないな」と思いながらもついて来てくれる子もいて、それが私たちにとってはチャンスだと捉えています。
彼らがこれまでの人生で特に関心をもたなかったお香という存在が、もしかすると今回の体験を通じて「お香って面白い!」という感じ方に出会えるかもしれない。それはお香の可能性を信じている私たちにとって嬉しいことですし、香りについて知ってもらえる絶好の機会だと思うからです。
来てくれた方の反応を見つつ、少し刺激の強い香りをあえて体験してもらったり、「この香りはどう思う?」とこちらから質問を投げかけてみたりと、その場の状況に応じて、“関心の取っ掛かり” になるようなことをつくれるような工夫をしています。
その時に気を付けていることは、決して私たちは “講師役” にはならないということです。あくまでも私たちは “案内役” としてお香が好きでその魅力を少しだけ先に知っている人、というスタンスでお話をさせてもらっています。
-とても共感します。大切にしたい思いが強く伝わってきているのですが、現在の辻さんの姿勢につながるような原体験などがあればぜひ教えてください。
辻:実は私も若い頃、授業が面白くなかった頃があるんです。今振り返ってみると、退屈だと感じていた授業は、先生自身が楽しそうじゃなかったように思うんです。
逆に、自身の専門分野への愛をもちながら熱中して話しているような先生に出会えたときは、思わず話に引き込まれてしまい、時間が経つのがあっという間に感じられました。さらに、面白いと思えた授業は自然と成績もよくなるという好循環だったんですが、それはきっと、その分野そのものに興味が高まったことが大きかったのだと思っています。
そういった経験があって、私自身も塾講師のアルバイトをすることにしたんですが、テストの点数をあげること以上に、興味の底上げをするような学びになることを意識していました。なので、テストには出ないようなことばかり話していましたね(笑)
でも、実はそういった「テストには出ないけど面白いと感じる」ような体験が、長い人生を歩んでいく上では大事な意味をもつ瞬間があるようにも感じています。
塾講師のほかにも、家庭教師や個別指導、大学入試対策などさまざまな形で学びに関わる機会を経験してきましたが、結局大切なのは “寄り添うこと” だと感じています。
マニュアルのように毎回同じような言葉で伝えるのではなく、その時々に集まってくれた目の前のひとりひとりの顔を見ながら、いかに “自分自身の言葉” で届けることができるかということを、今も試行錯誤しながら取り組んでみています。
-そんな辻さんが感じている、お香の魅力とは、どのようなところにあると感じていますか?
辻:香りは、人によって好き嫌いが全く違ってきます。また、その人それぞれの “好きな香り” を受け入れることができます。
たとえば私が案内する時に、自分の “好きな香り” について話すことがあるんですけど、「私はガソリンスタンドの匂いが好きなんです」っていうと「え!?」って驚く人もいれば「わかる~」って共感してくれる人もいて。でも不思議と、誰もその香りが好きだということに対して否定はしないんですよ。みんな意見は違えど「そうなんだね」って受け入れてくれるんです。
香りには、たったひとつの正解というものがないからこそ、その人がいいと思うことを素直に受け入れられる側面があるのかなと思っていて、それはとても面白いと感じています。お香を通じてそういったことにも気づいてもらえると嬉しいですね。
-お香を通してお互いの感性が尊重されるコミュニケーションが自然に生まれるのは面白いですね。仲原さんも、香りに引き寄せられた方のひとりだと思うのですが、どういった背景から松栄堂で働くことに興味を持たれたんですか?
仲原:私は大学では医療福祉系を専攻していたんですが、いざ就職について考えた時に、仕事は人生の中でも多くの時間を使うものだから、自分が少しでも好きだと思えるようなことに関する仕事に就きたいという思いがありました。
いろいろ考えをめぐらせるなかで、ふと、以前薫習館に訪れたことを思い出しました。もともと私は自宅で好きなお香をたいたり、アロマキャンドルを使ったりとかもしていたので、香りに関する仕事について興味を持ったんです。
その後、薫習館を運営している松栄堂のことを調べてみると、300年も続いている老舗企業なのに新しいことへチャレンジしていて、この会社は面白そうだという直感が働きました。また、自身の働き方を考えたときにもぴったりで、どうしてもこの会社に入りたいという思いが強まっていって。
ただ、地元が京都ではないこともあり、最初のうちは私が実家を出ることに対して両親は抵抗感をもっていました。香りにも、そこまで興味を持っていなかったので・・・。
それでも、自分の好きなことを通して働きたいという思いが強かったので、「いい香りがする空間で働けるのってすごくいいと思わない?」と熱意をもってプレゼンした結果、両親にもようやく納得してもらえました。今では両親も松栄堂のファンになってくれていて、周囲にもお香の魅力を語るほどになっています(笑)
私の入社したいという思いがきっかけとなって、じわじわと身のまわりにお香ファンの輪が広がっていることや「暮らしのなかで自分にとってのいい香りを見つける」ことを喜ぶ人が増えていることを、とても嬉しく思っています。
-自分の「好き」を起点に、共鳴してくれる仲間が増えることは素敵なことですね。最後に、Q都に来てくれた方に届けたいメッセージはありますか?
仲原:参加してくれる方には、まずは、楽しんでもらいたいっていう気持ちが一番ですね。
薫習館にはいろいろな体験コーナーもあるのでそこでいろいろな香りを嗅いてみたり、職人の仕事をプチ体験してみたり、匂い袋など香りにまつわるものをつくってみたりと、純粋に楽しんでもらう中でお香文化に触れる体験をしてもらえたらと思っています。
お香文化は奥深く、私もまだまだ学んでいるところなので、“お香好きの身近なお姉さん” という感じで、体験プログラムに参加される際には気軽に話しかけてもらえると嬉しいですし、「私が熱中してるものはね」と自分の好きなことにまつわる話をしてくれることも大歓迎です!
執筆:今井佳恵(ウエダ本社utena worksより依頼)
編集:Q都スタディトリップ事務局
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▼インタビューでご紹介した松栄堂さんの「Q」はこちら
Q.26 なんで原料の採れない京都で香文化が花開いたの?