日本でお香(こう)が用いられるようになったのは、奈良時代の頃。中国から仏教の教えとともに香の配合技術がもたらされると、当時の貴族たちは信仰のためだけでなく、日常生活の中でも教養として香りを楽しむようになりました。平安時代には、香料をいくつも練り合わせて香りを楽しむ「薫物(たきもの)」が親しまれるようになり、室町時代には、香木(こうぼく)の香りをこまやかに鑑賞する「聞香(もんこう)」へと発展していきました。江戸時代に広く社会に香文化が広がると、さまざまな道具や作法が整えられ、香は「道(どう)」として確立されていきます。

香房でお線香をつくっている様子(押し出し)

外来と日本の感性との調和―京都で育まれてきた独自の香文化

お香の原料は、実は日本以外の世界の国々から届けられています。木材の樹脂に香りを含んでいる香木(こうぼく)や、香辛料・漢方薬として親しまれることも多い天然の香料は、中国やインド、東南アジアを中心に、そのほとんどが海外でとれます。

同じように外来のものだったお米やお茶は国内での栽培が可能になりましたが、お香の原料は今でも輸入に頼っているのです。料理人が食材を探しに産地へ出向くように、原料を組み合わせて新しい香りを生み出す専門職である「調合師」も現地で原材料の品質を確認してから仕入れています。政治情勢や自然環境といったさまざまな問題の影響を受けるので、状況をよく知る現地の仲間との信頼関係を何よりも大切にし、常に「世界とともにある」意識で事業を続けています。

このように中国などの海外から伝わったお香は、日本の四季と気候風土のなかで独自の美意識と調和し、日本文化が凝縮された、水も豊かな京都の地に根づきました。中国から伝わった「漢字」という表意文字から「かな」という表音文字が生まれ、和歌を詠む(よむ)ようになったように、外から新しいものを取り入れながら日本の文化や暮らしを彩るように工夫を重ねてきた先人たちの努力が、現代まで続く伝統文化になってきたのです。先人からバトンを受け取った私たちも、歴史に学びつつ京都で伝統産業の当事者として、いかによりよい形で未来に受け継いでいけるかを常に考えています。海外での販売や、伝統的な香房に加えて香場にロボットを導入するなど日々新しい挑戦を重ねています。

匂いというのは不思議なものです。同じ匂いでも受け取り手によって感じ方が異なり、人によってはある匂いが過去の記憶と結びついていたり、複数の匂いが存在する環境でもそれぞれの匂いに一つひとつ反応できたり。それは、個性と多様性を受け入れられる文化でもあります。情報があふれる現代だからこそ、視覚・聴覚にかたよらず、私たちの祖先が育んできた嗅覚・味覚・触覚もふくめた五感のおだやかなバランスを取り戻すことをこれからも大切にし続けていきます。